14年と6ヶ月

 最後の更新からそれだけ過ぎたのはTwitterこと、Xに移り、ほぼブログというツールが必要無くなったことや、ライフステージの変化があったことが理由で、まあ何というか普通に歳を重ねて面倒になったことや基本的には今現場にいる人が思うように進んでいくのが良いと思っているし、さほどこの間の浦和レッズには思い入れが無かったと言いつつも、節目節目ではその舞台というものに子供を連れて行ったり、文句を言いつつも年に何回は行っていたりしながらも、昔からXでぶつくさ言ってたことの繰り返しで毎回リセットボタンを押しているクラブを冷ややかな目で見ながらも、なんやかんやで気にはしている。

 

 mixiで会った人たちと久し振りに再会したり、昔、大原の練習観に行った帰りに力で飲んでいた知人が亡くなったり、コロナ禍の中、通ったお店の店主と仲良くなったり、またその逆もあり、人生とは本当に色々あると思う。

 

 mixiで会った人たちで今はそんなに会ってない人でも、それがきっかけで結婚した人もいるし、そのグループが今も続いているという話を間接的に聞くと、人と人を繋ぐことは結構楽しかった。揶揄される事もあったけど笑

 

 逆にその歳では落ち着いて話せなかったような人とも、現場から距離を置いたことや自由に使える時間のおかげで、当時の話とか今の話とか色々聞く事が出来たのはフレックス、リモート勤務のおかげだったりして、それもまた我ながら運が良かったと思う。

 

 昔、うちのおふくろがかつて駒場の近くにあった某ファミレスで働いていた事があって、その時、何を考えたか、季節限定のメニューの裏かなんかに選手のサインを貰った事があった。(まあ当時はそんな感じの緩さはあったので許せ)

 

 岡野、田口、そして、チョウキジェの3人の名前が入ったサインだった。しばらく実家暮らしだった私の部屋にはそのサインが飾っていたのを記憶している(引っ越した時に多分処分してしまった勿体無い)。

 

 チョウキジェと言えば、オールドファンでもそんなに覚えていないであろう1995年3月12日、浦和レッズはウズベキスタン代表とプレシーズンマッチである。これは既に浦和レッズ公式にも得点者が既に載っておらず、かつ、生き字引の清尾淳のnoteにも書いてない。

 

 現在、フリーのDAZNなど実況で活躍中の元FM群馬アナウンサーの現在西岡事務所の笹川裕昭君を当時大学の放送協会に勧誘してから彼のアナウンサー人生が始まった訳なんだけど(超恩着せがましい先輩ですまんwww)、彼の家に遊びに行った時に彼が師と仰ぐ埼玉県民なら誰でも知っている(😆)上野晃アナの実況でその試合が当時テレビ埼玉で放映されたビデオを何回も繰り返し見せてくれたのを思い出した(確かコーナーからのヘッド)。「このゴールがいいんですよ!」と熱く語ってくれた笹川君。卒業してから何回か、敷島や地元でお会いしたけど、本当素晴らしい人格者なので応援してあげて📣

 

 そのゴールから31年経った今。まさかまた一度消えたチョウキジェの話が出てくるとは思わなかった。ある意味レディパにWikipediaに消されたレッズアンドピース騒動より深刻かもしれない。声を出さないとこのまま決まってしまうと思った私は某オフィシャルパートナーの本部長クラスの役職(以前VIP席に誘ってもらった)の人にこの件を伝えた。熱心なファンの社長まで届いたかはわからないがなんでこんな人を選ぶんでしょうね、という話に。

 

 メンバーの心理的安全性を考えながらマネージメントするなんて事は考えない会社であり、中途の人が夢を持って入社したのに、雑用ばかりやらせて人が変わってしまうような企業にはわかるまい。今年から入ったであろう浦和の漢が変えてくれるのか。どうなる浦和レッズ。

 

 監督の贔屓の選手にはそもそもパワハラはしない。だからこそ問題は矮小化するのだ。実力はあるのにある日突然気に入らないと平気で外す。不条理な場合も多い。親の説明会で言う事と子供に試合中に言う罵声とが矛盾している姿も多く見てきた。

 

 それならチームを変えれば良い、とにかく試合に出る事が大事。今はそう思う。流浪もまた人生。転職を重ねるとよりそう思う。

 

 私たちにとってサッカーの応援もサッカーの練習も仕事ではない。楽しんでほしい。だからこそ純粋に楽しむことが出来るスタジアムであってほしい。

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 未だ蔓延る昭和の指導者が早く潰えますやうに。