例えば新しい会社で自己紹介をしたり、社内ツールのプロフィールに何かを書こうとしよう。
音楽であれば好きなアーティストを書く。で、アーティストグッズを身に付けていようものなら、本当に好きな人は声をかけてくれるし、何かのタイミングでそういう話になる。ファンクラブに入ってますとか、最近ライブ行きました?とか、そんな話になる。
サッカーが好きであれば好きなチームを書く。で、クラブのグッズを身につけていようものなら、本当に好きな人は声をかけてくれるし、何かのタイミングでそういう話になる。シーズンチケット買ってますとか、最近スタジアム行きました?とか、そんな話になる。
音楽であれば「じゃあ今度ライブ行きましょう!」とか「ライブ会場で会うかもしれませんね!」いう話になるかもしれない。
音楽は人を繋ぎ、また話している時の人を幸せにする。
サッカーであれば「じゃあ今度スタジアム行きましょう!」とか「スタジアムで会うかもしれませんね!」という話になるかもしれない。
サッカーは人を繋ぐが、人を必ずしも幸せにするとは限らない。その人のチームに対するスタンスや現在のチームの成績、世間一般的な見え方があるからだ。
それは何故起こるか。
強い時しか知らない人はチームの順位もあるかもしれない。私みたいに高校生の時のJリーグ開幕時からの弱い時から知っている人であれば、成績は関係無くて、単純に選手のプレーの直向きさが足りないからかもしれない。世間のニュースからして浦和レッズのサポーターはストイックで怖く見えるからかもしれない。
そういうハレーションを考えると、週末の一つのエンタメとしての選択肢として、前者は常に幸福感を与え、後者は時にしてストレスを与えるのだ。
だから音楽の話はスラスラできるけど、サッカーの話になるとちょっと気後れしてしまう。好きなチームが違って、たまに相容れない部分に踏み込んでくるような人もたまにいるのもあり、汎用性の高い話題としては音楽がやはり先に来るわけだ。
それでも仲良くなっている友達なんかはやはりいるわけでそういう分別がつく素晴らしい友達が比較的沢山出来たと思う。サッカーでなければ合わなかったような業界の人達と会える楽しさもある。また仕事が似ていればあるあるのような同業者がいかに仕事と趣味を両立するかみたいな話ができてそれはまた楽しい。
エンタメとしての汎用性が高くなるには、裾野を広げる努力が必要なんだけど、いくら人気チーム?でもパワハラ監督はやはり無理となる。裾野どころか既存も減らすことをクラブはどう考えているのだろうか。
ますます汎用性が低くなり、日常会話で出てくる事もなくなるのであれば、それこそ文化としての死になってしまう事を、美園のクラブはもう少し本気で考えた方が良いと思う。