今日の各紙 20061211【浦和レッズ】

浦和Vパレードでオジェック新監督お披露目:Jリーグ:サッカー:スポーツ報知
http://hochi.yomiuri.co.jp/soccer/jleague/news/20061211-OHT1T00067.htm


 リーグ初制覇を果たした浦和の藤口光紀社長(57)は10日、17日にさいたま市内で行う優勝パレードに、来季の監督就任が決定的となっているホルガー・オジェック氏(58)と国際サッカー連盟(FIFA)のジョセフ・ゼップ・ブラッター会長(70)を招待するプランを明かした。トヨタクラブW杯を視察するFIFA幹部に熱狂ぶりを見せつけ、URAWAを世界へアピールし、来年以降のトヨタクラブW杯の開催国枠を勝ち取りたい考えだ。

 世界へと視線を向ける浦和が、またも仰天プランを打ち出した。藤口社長はこの日、17日午前に予定されているVパレードに、FIFA技術委員会の責任者としてトヨタクラブW杯のため来日中のオジェック氏を招待することを明言。来季の監督就任は既に秒読み段階に入っているが、藤口社長は11日にも接触し、意向を伝える考えだ。

 埼玉県庁から、さいたま市役所までの約1・5キロのパレードは、04年第2ステージ優勝時に集結した6万人の大サポーターを、はるかに上回る10万人規模になる見通し。サポーターにとっては新指揮官の“お披露目会”ともなりそうだ。

 さらに同社長は、13日に来日予定のブラッターFIFA会長も招待する構想も披露。「日本にもサッカーが文化としてどれほど広まっているか、実際に見ないと分からない。それを肌で感じて欲しい」藤口社長は、全大陸の代表11クラブのトップが集結する「FIFAクラブ・タスク・フォース」の東アジアの代表を務めており、10月にはバイエルン・ミュンヘンルンメニゲ会長、FCバルセロナのラポルタ会長らとともに、会合に出席。ブラッター会長とも面識がある。

 サッカー界のトップに、浦和の熱狂ぶりをアピールするのが最大の狙い。ブラッター会長が浦和の歓喜パレードを直視すれば、観客動員が伸び悩んでいるトヨタクラブW杯の開催国枠の獲得にもつながる可能性もある。パレードの行われる同日夜には横浜国際総合競技場でクラブW杯の決勝戦が行われるが、移動にはなんとヘリコプターを使用するプランも浮上。歓喜のVパレードを世界進出への足がかりとする。

(2006年12月11日06時07分 スポーツ報知)


スポニチ Sponichi Annex ニュース サッカー
浦和Vパレードで世界にアピール
http://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2006/12/11/06.html


 浦和が、17日の優勝パレードに次期監督に就任確実なホルガー・オジェック氏を招待する。藤口光紀社長が10日、トヨタ・クラブW杯で来日中のFIFA技術委員の同氏とブラッター同会長の大物2人を招待する大胆プランを明かした。「日本にもこんな(熱狂的な)クラブがあることを見てもらいたい」と話した。 

 17日はパレードが10時開始で、クラブW杯決勝(横浜)は19時20分開始。多忙なFIFA幹部2人の移動時間が心配されるが、浦和側は手段を選ばない。さいたま市から横浜市の約60キロの距離も、関係者は「ヘリコプターなら20分で移動可能」と“ウルトラC”まで準備している。

 クラブ幹部によれば、オジェック氏は16日の天皇杯・福岡戦を視察する可能性が高い。既に交渉は基本合意しており、心は赤い悪魔の一員だ。Jリーグ史上最高の10万人動員が見込まれている優勝パレードの席で、一気に新監督就任が正式発表される可能性もある。
[ 2006年12月11日付 紙面記事 ]


 とりあえずクラブをアピールと言う意味では良いことですね。

SANSPO.COM > サッカー
浦和、優勝パレードにFIFAブラッター会長招待する!
http://www.sanspo.com/soccer/top/st200612/st2006121103.html


Jリーグ初制覇を果たした浦和の藤口光紀社長(57)が10日、17日にさいたま市内で行う優勝パレード会場に、国際サッカー連盟(FIFA)のジョセフ・ブラッター会長(70)を招待する考えを明かした。

 「優勝パレードに、ブラッター会長をぜひ招待したい」と話した同社長。04年12月に行われた第2ステージVパレードではJ最多となる6万人を動員した浦和だが、今回は10万人を見込んでいるという。

 また同日までFIFA主催のクラブW杯が開催されており、次期監督就任でほぼ合意しているオジェック氏も技術委員として来日中。浦和はファンへのお披露目を兼ねて、同氏をパレードに招くことを考えていたが、13日にはブラッター会長も来日するため、同時招待案が浮上した。

 「日本にサッカーが文化としてどれだけ根付いているか、ぜひ肌で感じてほしい」と藤口社長。浦和サポーターの熱さを知ってもらうことは、日本サッカー界にとってプラス。またトップを招待できればクラブの評価も世界的に上昇する。藤口社長は同会長と面識があり、13日にも招待の意思を直接告げる。17日、“ドン”は浦和の街に現れるのか。
(須田雅弘)

天皇杯2連覇ピンチ!代表勢が風邪でダウン

 連覇を狙う天皇杯の5回戦・福岡戦(埼玉ス)を16日に控えるが、GK山岸、DF坪井、MF三都主と日本代表勢がそろって風邪の症状を訴え、別メニュー調整。特にひどいのは胃腸炎と診断されて2日連続の休養となった三都主で「気持ち悪い。たぶん食べたものが…。天皇杯? 分からない」と話す顔は青ざめ、立っているのもつらそうな状態。激闘を戦い抜いた疲労が、ここに来て噴出しているようだ。
(大原)




ベッカム、浦和に行くかも? - サッカーニュース : nikkansports.com
http://www.nikkansports.com/soccer/world/p-sc-tp3-20061211-128897.html

 Rマドリードで出場機会が減り、移籍を示唆したMFデビッド・ベッカム(31)の関係者が「移籍先探し行脚」の世界旅行をすると英紙デーリースターが報じた。同選手のアドバイザーが12月21日から1月6日の冬期中断期間中に、どこがベストかを調査する。ビクトリア夫人が既に物件までチェックしたという米MLSのギャラクシーをはじめ、獲得の意思をみせたプレミアリーグトットナムも回るという。

 また同紙は浦和が調査先の1つに入っていると報じ、関係者の「デビッドは日本が大好き。移籍も視野に入っているだろう」とのコメントを掲載した。またMF中村所属のセルティックと、横浜FCのカズがプレーしたシドニーFCも候補に挙げた。他に移籍報道があったインテルマルセイユも視察すると報じた。

 ベッカム自身は、9日のセビリア戦で前半13分にFKを直接決めたが1−2で敗れた。ただ存在感は見せ、3月13日に行われる古巣マンチェスターU−世界選抜戦のメンバーに選ばれた。移籍後にマンチェスターUとの対戦はなく、敵としてオールドトラフォードに見参すると話題を呼んでいる。移籍問題を含め、まだまだサッカー界の話題の中心に居続けそうだ。(春日洋平通信員)

[2006年12月11日9時34分 紙面から]


 選択肢の一つねぇ。前もフィーゴとかそういう話もありましたな。

記者コラム「見た 聞いた 思った」 - nikkansports.com: 思い出に変わる苦悩
http://blog.nikkansports.com//nikkansports/writer/archives/2006/12/post_607.html


 12月2日。浦和が初めてリーグ制覇を決めた時、2人のクラブ首脳は感慨深くチームを見守った。藤口光紀社長と中村修三ゼネラルマネジャー(GM)。2人には脳裏に焼き付いて忘れられない光景があった。

 藤口社長は「13年前」が頭から離れなかった。V決戦をしたG大阪は、93年5月16日のJリーグ開幕戦の相手。万博競技場のアウエー戦だった。当時、事業・広報部長だった藤口社長は「今から思えば昨日のようだ」とまで言った。

 浦和は15本のシュートが1本も入らなかった。圧倒的に攻めながらも、G大阪にわずか4本のシュートで1点を許し、0−1で負けた。ハーフタイム。前日に国立競技場で行われたV川崎(現東京V)−横浜M(現横浜)戦をほうふつさせるショーが展開された。しかし消した照明が後半開始時になっても点灯しない。1度、オフにすると再点灯まで時間を要する照明だった。後半開始は遅れ、調子が狂った。

 藤口社長は振り返る。「運営上の問題で電気も消えたし、試合もひどかったからね。あれがチームの負け続けるきっかけだったし。すごい因縁なんだよね。神様は13年かかって乗り越えるチャンスを与えてくれたのかな」。2日のG大阪戦直前には、のどの痛みを訴え、病院にも行った。風邪というよりは、重圧と緊張で体が弱っていたのではないか。ブッフバルト監督を含め、選手で93年を体験した者はいない。同社長には優勝が監督、選手とは違う光景に見えたに違いない。

 一方、中村GMは「5年前」が頭から離れなかった。01年12月、広報部長から強化部長へ。就任あいさつの時の選手らから刺すような視線。のちに退団した某コーチには無視された。「広報が急に強化になったわけだから。選手はオレにというより『会社は何を考えているんだ』と感じたんじゃないかと思う」。

 今季の同GMは息子の活躍を活力にしていた。青学大サッカー部2年のFW中村祐人。関東大学リーグ2部で17得点を挙げて得点王を奪取した。同時にチームもリーグ2位となり、来季の1部昇格を決めた。「息子の昇格は縁起が良い。うちも優勝するよ」と口にしながら優勝へのプレッシャーを和らげていた。
 それでもG大阪戦当日は寝れずに朝4時には起床。朝日を浴びながら散歩して緊張を紛らわせた。優勝後は「感動というよりは安堵(あんど)感」と肩をなで下ろした。中村GMが強化に携わってからのチーム戦績は、過去の強化トップの誰よりも高い。もはや今は現場から刺すような視線はないだろう。5年前、冷たかった選手の目が今は温かく思えるに違いない。
 優勝をささげたい人は誰ですか? この質問に闘莉王は「ボクらの見えないところで、たくさんサポートをしてくれている人に」と答えた。悲劇の歴史が多い浦和。藤口社長、中村GMとは違い、表舞台に出てこないチームの「貢献者」たちが、さまざまな思いで優勝を見届けたと思う。これからは歓喜の歴史が待つであろう浦和。強い思い入れがあるからこそ、悔しい過去が良い思い出に変わる。

December 6, 2006 11:18 AM


「後に退団した某コーチ・・・」